独立してもう1年。もっとスピードをもって具現化せよ、と自分に言い聞かせる。


by kazumedia25
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あまり話題になりませんでしたが。

週間文春8月11日、18日号で、和田アキ子が自分が在日であるとカミングアウトしています。通名は「金海福子」。

パチンコ業界と芸能界では常識の在日コリアン世界だが、ほとんどマスコミでは取り上げることはなく、日本社会の暗黙了解となっている。

しかし、日本の歴史やこれからの日本を考える上では通れない現実。直視し、理解し、そこから積み上げることが必要でないかと思う。

僕自身は、父方が函館の漁師の家系、母方が香川の農家の家系であり、まったくの部落の家系。うまれてから30年、神奈川県川崎市ですごしている。

川崎市というと「工業地帯」「川崎大師」をイメージする方が多いが、実際は、ぐるっと東京を囲むように位置する細長い市である。一般的なイメージの工業地帯から、ぶどう狩りができる山奥の風景も存在する。

今、川崎市といえば「コリアタウン」などもでき在日コリアンの存在が明確になってきているが、ほんの15年前までは、在日に対する民族差別が存在していた市である。

小・中の教育の中では在日コリアンの存在はほとんどふれないままであった。
高校に入り、川崎市の工業地帯の真ん中の高校に進学し、そこで、社会の笹尾先生から初め在日コリアンに対する教育を受けた。

笹尾先生自体、幼いころから川崎南部の育ち。当然友達には、在日コリアンが多かったはずなのだが、その時代はまさに、在日コリアン全否定の時代であったため、教育もされず、理解できないままであった。ある日何気ない一言で友達が、傷つき、別れてしまった。後にその友達が在日コリアンであったことがわかるが、当時はまったく、「なぜ?」で、理解できなかったという。その無知が動機となり、社会の授業では在日コリアンについて教えているのだという。
また、在日コリアン社会にも友人が多くできたため、学校のなかで、在日コリアンの学生のケアをしている。これは、当時の日本人の学生はまったくしらないことだと思う。

いまでも、笹尾先生に会えたことは感謝している。
身近な世界に気づかなかったことを気づかせてもらったこと、他者を知ることで自分のアイデンティティーを考えるようになったこと。

大体、クラスの40名のうち10人が在日コリアンもしくは、帰化者、ブラジル人などであった。

でも、カミングアウトをする人はいなかった。

なので、今回の和田アキ子のカミングアウトはすばらしいと思う。
大学の友達の留学生が和田アキ子の伯母さんが(もしくは叔父さん)が、こっち(韓国)にいるよっていっていたころからウォッチしていた。これだけの業績と知名度のある存在のカミングアウトはなかったのではないだろうか。すこし世代は前ですが、にしきのあきらも岩城滉一もカミングアウトしている。

この事実をしったとき、日韓の歴史をしらない人々はどう思うのだろうか。
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by kazumedia25 | 2005-09-05 00:12 | つぶやき